ニューウェーブ漫画相談室

マニアック目な漫画紹介ブログです。 どういうジャンルを取り扱っているかは、『カテゴリー』の『年間漫画まとめ』を参照頂くとわかりやすいかと。

2014年漫画感想総括

 2014年も年の瀬。読んだ漫画やらまとめる。

私が今年読んだ漫画は238冊(1221日現在、参照URLhttp://booklog.jp/users/satsuma0122)。去年は300冊強読んでいたのでだいぶ減ってしまっている。残りの10日も注目漫画が発売されるのでもう少し増えるだろうけど、300冊はいかないだろう。来年はもっと読もうと思うさっき去年の記事読み返したら、同じこと書いていた。うーん、具体的な行動設定が必要。

 

あと、今年は電子書籍を本格的に導入し始めた。買った漫画の9割以上は電子書籍。紙媒体より発売が遅い、解像度が低い、等のデメリットを考慮しても、手軽に買える魅力が勝った。複数のマーケットの掛け持ちが面倒だからキンドルオンリー。来年以降も電子書籍中心でいくつもり。出版社が本気になるように、もっと普及してくれ。あと、KDPも今後は注目していきたい。出版革命は道半ば。

 

次に、読んだ作品の中で面白かったものの感想を。読んだ冊数は少なかったが、面白い漫画には沢山出会えた。

 

 

<長期連載完結漫画>

・『もやしもん』(石川雅之)


 高校生の頃から読んでいる作品なので、完結は感慨深い。

 

・『聲の形』(大今良時)

 

 この文章を読んでいる人には最早説明不要か。実のところ、私はまだこの作品を消化しきれていない。年末年始に読み返す予定。

 

 

<短期連載完結漫画>

・『満月エンドロール』(野村宗弘)

 

ワンアイディアを上下巻にうまくまとめたと思う。野村漫画のいい意味で緊張感のないヘタウマな雰囲気と重いテーマが意外にマッチしていた。後読感が気持ちいい。

 

・『わたしの宇宙』(野田彩子)

 

新人漫画家による漫画メタ漫画。チャレンジングで荒削りながら、物語をまとめた作者の今後に期待したい。

 

 

<恋愛漫画>

『終電にはかえします』(雨隠ギド)

 

 百合漫画だけど、登場人物は女同士とか気にせず恋をしているから恋愛漫画枠で間違ってない。あんまり得意じゃないジャンルだけど楽しく読めた。

 

 

<ギャグ漫画>

『幻想ギネコクラシー』(沙村広明)

 

 沙村さんのギャグ漫画が大好きだ。時事ネタなし縛りだが、着眼点のユニークさやギャグの切れ味は相変わらず。ライフワーク的に続けていってほしい。

 

『ニコニコはんしょくアクマ』(カレー沢薫)

 

 残念オタク女子を題材にしている、いつものカレー沢漫画。6コマのコマ割りはネタを詰め込むだけ詰め込むカレー沢さんのスタイルに合っている気がする。

 

 

<フェチ漫画>

『富士山さんは思春期』(オジロマコト)

 

 安定の富士山さん。富士山さんはビジュアルも勿論素晴らしいけど、おっとりした性格もまたよい。

 

『シャーリー』(森薫)

 

 森薫の趣味全開のメイド漫画。異様なまでの13歳メイドへの執着心。その煩悩から生み出される美しい画面と物語。流石森薫。

 

 

<スポーツ漫画>

『夕空のクライフイズム』(手原和憲)

 

 個人的に注目しているスポーツ漫画。丁寧な解説でサッカー知らない私でも読みやすい。ちょっとずれているキャラ同志の掛け合いも面白い。今後に期待。

 

<料理漫画>

『甘々と稲妻』(雨隠ギド)

 

 今年は例年以上に料理漫画が多かった印象。どの料理漫画もそれぞれ特徴を出していたけど、漫画としての面白さはやっぱりこの作品が一歩抜きん出ていたと思う。料理描写も丁寧で料理もおいしそうだし、ホームコメディとしてもしっかりしている。今、個人的に一番続刊が待ち遠しい漫画。

 

 

<サスペンス漫画>

『白暮のクロニクル』(ゆうきまさみ)

 

 ベテランゆうきまさみ。物語と設定の練り方がとにかく丁寧。ベーシックな画面の作り方も読みやすい。安定感抜群。漫画読みなれてない人にもおすすめしたい。

 

『累』(松浦だるま)

 

 このマンの20位以内に入っていなかったのは残念。キャラクタの精神の内の内までえぐりこんでくるストーリーはまさにサスペンスの面白さ。ハラハラドキドキさせられる。表紙も含めて絵も強い。物語をどう収束させていくか、今後の展開が見物。

 

 

<ホラーSFギャグ漫画>

『ムシヌユン』(都留泰作)

 

 今年一番のわけのわからん漫画。生理的嫌悪感を抱かせてくる主人公のキャラクタが物語の芯であり、彼の行動次第で漫画自体がホラーにもSFにもギャグにもなる。私の中の、このキャラクタがすごい上位入賞。とにかく変な漫画。

 

 

 ここからなんとなくランキング形式。私の今年読んだ中で、特に脳汁出させてもらった漫画達。

 

 

10位>

『からかい上手の高木さん』(山本崇一朗)

 

 イジり女子イジられ男子コメディ。恋人未満の男女関係を楽しむという読み方もあるが、本流としては、女子にイジられ願望のある男子向け、というニッチなニーズに対応した漫画。漫画業界の懐の深さを思い知らされる。

 

 

9位>

『春風のスネグラチカ』(沙村広明)

 

 沙村のギャグでない真面目な単巻歴史物。骨太なストーリーにも関わらず重くなりすぎず、キャラクタには沙村的エンタメ要素が盛り込まれている。というかツンデレ禿オヤジが強すぎる。ツンデレ禿オヤジ漫画。

 

 

8位>

『ニッケルオデオン』(道満晴明)

 

 道満晴明の安定感。他の漫画家には真似できない道満ワールド。本作は終わってしまったが、読み切りワンアイディアが一番合っている漫画家だと思うので、どこかで読み切りをずっと描き続けてほしい。

 

 

7位>

『蟹に誘われて』(panpanya

 

 panpanya独特のモノクロチックな画面作りと夢の中のようなストーリーはそのままに、前作『足摺り水族館』よりわかりやすい話が増えた印象の今作。漫画サブカル最前線には違いない。

 

 

6位>

『白馬のお嫁さん』(庄司創)


以前感想を記事に書いた作品

 「産む男」による、嫁探しジェンダーコメディー。こんだけ面白いんだから話題沸騰だろと思っていたのだが、ツイッター等で検索する限り、あんまり売れてない。中途半端なとこで打ち切りにならないことだけを願う。

 

 

5位>

『千年万年りんごの子』(田中相)

 

 全3巻という丁度いい長さで、美しい完結を迎えた本作。このマン50位以内に入っていないのが残念。昨年のランキングに入っていたから仕方ないのだが。最初から最後まで物語に無駄がないところが非常に好み。後世に残ってもいい傑作。

 

 

4位>

『濃縮メロンコリニスタ』(ニャロメロン)

 

 ギャグ漫画界の救世主ニャロメロン。型にはまらない構成の4コマ漫画は衝撃的。本作はwebで連載していた4コマを集めたものなので玉石混合だが、十分ニャロメロンの才能は感じ取れる。本格的な商業紙連載も始めており、今後に期待の漫画家。

 

 

3位>

『子供はわかってあげない』(田島列島)

 

以前感想を記事に書いた作品
 様々な要素をちりばめながら、最終的に王道のボーイミーツガールで収束する本作。上下巻というまとまりのよさもあり、おそらく私が今年一番読み返した漫画。下巻後半は何度読んでも脳汁とか何かんや出る。

 

 

2位>

『タケヲちゃん物怪録』(とよ田みのる)

 

 世界一不幸な女の子が幸せになるまでの物語。物語の畳み方に定評のある(私個人の意見だが)漫画紳士とよ田みのるによって、本作も美しい完結を迎えた。最終巻を読み終えて、全ての主要キャラクタが「キャラクタの寿命」を出し切ったように感じた。とよ田漫画の根底に流れる「優しさ」が最終巻に濃縮されている。素晴らしい漫画だった。

 

 

1位>

『ちーちゃんはちょっと足りない』(阿部共実)

 

 読み終わった時に、今年の一番はこの漫画だ、と確信した。ここまで感情を揺さぶられる漫画に近年出会っていない。日常描写で下地を固めてからの急展開、真綿で締め付けるように追いつめられるキャラクタ描写、そして解釈の分かれるラスト。一冊の漫画に詰め込む物語の構成としてこれ以上ないと思う。間違いなく名作。

 

 

 以上。今年もよい漫画に沢山出会えてよかった。この文章を読んでくれている皆様にも良い漫画との出会いがありますように。

「産む男」による、性と恋愛の多様化、『白馬のお嫁さん』(庄司創)



 男女の性を主題とした物語は多く存在する。一般的な男女の性差は勿論のこと、ニューハーフや同性愛、性別違和(性同一性障害)、
両性具有、男の娘なども広義に性を扱っているといえる。今回レビューする『白馬のお嫁さん』では、男女の性を分ける新たな変数が創造される。

 本作では遺伝子デザインによりY染色体が改造された「産む男」が登場する。まず肉体的特徴について整理する。「産む男」は、生殖機能以外の体は女だが産み出せる配偶子は卵子でなく精子、ただし妊娠は可能、というなんとも奇妙な存在である。肉体的な性の特徴の中で配偶子と妊娠を別物として扱ったのがユニークで、「産む男」というネーミングは非常にわかりやすい。一方、精神的には「産む男」は基本的には男そのもののようだ。同作者の作品で同じ「産む男」を題材とした『三文未来の家庭訪問』の中で産む男は行動パターン(思考)が女性と違う(p143)と描写されている。ただ、ただ、主馬は恋愛対象が「産まない男」で、泰三は「脳がより女性に近い(本作p221)」と学から言われているが恐らく恋愛対象は女性であることからわかるように、「思考」と「恋愛対象」は作中で明確に区別されていると考えられる。

 以上のことから、庄司作品中の性における肉体的特徴と精神的特徴を以下の表にまとめた。

 

表 性的特徴の分類
 
『白馬のお嫁さん』

 上でも述べたが、本作において配偶子と妊娠を別物としたことが新しいアイディアであり、自由な変数が一つ増えたことにより性のバリエーションは広がる。表に示す以外の変数が登場する可能性もあるし、変数に入力される値として男と女の中間も考えられる。そして、性の多様化から導かれるものは、恋愛の多様化である。

 恋愛は、淡泊な表現をすれば、性と性の関係であり、性の種類が増えることで性と性を結ぶ恋愛の形も増えていく。作者はインタビューでも「「恋愛」がメインテーマ」で「恋愛テーマに関しても常識をいったん壊して、より普遍的な結論にたどりつきたい」と語っている(http://afternoon.moae.jp/news/1736:アフタヌーン公式HP)。一巻は登場人物の紹介に終始した。今後、新たな性により今まで読者が想像もしたことのない新たな恋愛が描かれることを期待したい。

 

我儘が許される子供と許してあげる大人、『子供はわかってあげない』(田島列島)



 大人と子供の違いとは何か。ボーイミーツガールという言葉があることからわかるように、少年少女の期間にしか成立しない物語がある。では何故、子供でなくてはいけないのか。

 書道、水泳、オカマ、新興宗教、超能力、などの様々な要素を詰め込んだ本作だが、大筋は王道のボーイミーツガール(というかガールミーツボーイ)となっている。情報量は多いがそれぞれの要素はリンクしており、読み進めるうちに点と点が繋がっていく感覚が味わえる。それぞれの要素を結ぶ共通事項は、作品タイトルでもある『子供はわかってあげない』にある。

 本作のタイトルは1959年公開のフランス映画『大人は判ってくれない』(フランソワ・トリュフォー)のパロディとなっている。注目すべきは『子供はわかって「あげない」』の「あげない」の部分だ。「あげない」からは明確な否定の意思が感じられる。少し飛躍して言い換えれば「我儘」とも表現できる。子供は我儘である。加えて、大人は子供の我儘を許容してくれる存在であるべきである。

 物語開始時の主人公二人は聞き分けのいい子供だ。サクタさんは「サクタさんてひんまがってないし(上巻 34p)」とモジくんに称されているし、モジくんはおじいさんの習字教室の代打をすんなり引き受けている。そんな変化に乏しい道を歩んできた二人が出会い、偶然に偶然が重なるうちにそれぞれに転機が訪れる。サクタさんは絵に描いたよーなシアワセ家族で生活しているにも関わらず実の父親を探すという選択肢をとるし、モジくんにしても後先考えずサクタさんを探すために走り回る。安全な道を選ばず、自分の意思と衝動を最優先して「我儘」な行動をとるわけだ。「あなたは今までまっすぐに生きすぎたんです(下巻 153p)」と評価されるようなサクタさんは、自分が取った我儘な行動が周りに迷惑を与えないか不安に駆られる。しかし彼女の予想に反して、周りの大人達、母親や明大、は我儘を全て許容してくれる。「子供は我儘でいいよ」と教えてくれるのだ。

 大人になれば我儘でいられないわけではない。サクタさんの父親は、明大の助けで我儘を突き通す。重要なのは、我儘を受け入れてくれる人がいる事だ。子供にとっての受け入れてくれる存在が大人である。子供は我儘を許され大人は許してあげる、という構造を知ることで子供は大人へと成長していく。

「足りない」を受け入れられるか、『ちーちゃんはちょっと足りない』(阿部共実)

・なにが足りないのか

 『空が灰色だから』で見事に読者を振り回してくれた阿部共実の最新作である本作。「行き場のない気持ち」をテーマにした前作で繰り広げられた、最後までどちらに転ぶかわからないストーリーと一癖も二癖もあるキャラ造形は健在。それが今回、初の長編でも如何なく発揮されている。

 最後まで読めばわかることだが、タイトルになっているちーちゃんではなく、その友人のナツが主人公になっている。物語序盤は、子供じみた行動をとるちーちゃんが「ちょっと足らない」様子を描いた漫画とミスリードを誘うが、ストーリーが進むにつれてナツの心理描写の割合が増えていき、同時に「ちょっと足りない」のは経済的な話だと感づき始める。そして経済的に足りない人物が三人登場する、ちーちゃんとナツ、そして物語中盤で登場する藤岡だ。

 

・三人の「足りない」への対応の違い

 経済的に足りないことへの三人の対応は違う。ちーちゃんは足りないことに気づき始めた段階、ナツは足りないことを認識し不満は募っているが受け入れられない段階、藤岡は足りないことを認識した上でそれを受け入れた段階になっている。段階、という表現を使ったように、貧乏への対応は、ちーちゃんからナツ、藤岡へと移行していくと思われる(少なくとも物語中では)。ナツの子供時代の描写で「この頃からウチって他のとこより貧しいんだなあって子供心に気づき始めたなあ(p134)」とあるように、小三のナツは貧乏に気づき始めた段階で、ちーちゃんは中二現在その思考状態であると思われる。現に、ガチャガチャをせがむちーちゃんは、光るおみくじをねだるナツと同じリアクションをとっている。一方、藤岡は、読んでいて明らかなことだが、自分が足りないことを受け入れた上で楽しんで生きている(p172)。藤岡にも、ちーちゃんやナツのように貧乏を受け入れられない時期があったのかもしれない(それを示す描写はないが)。三人の中で一番大人なのである。

 

・ナツは変わっていけるのか

 ちーちゃん、ナツ、藤岡は体格もそうだが、考え方においてもちーちゃんが子供、藤岡が大人となっている。大人になるにつれて、足りないという理不尽を理解した上で、受け入れられるようになっていく。

ちーちゃんの物語中での一番大きな役割はナツとの対比だ。小学生をすっとばしたように幼いちーちゃんだが、物語の中でテストの点は上がり、一人で電車に乗れるようになり、罪を認めて謝れるようになる。人と比べてゆっくりだが変わっていくちーちゃんと比較して、ナツはどうだろうか。物語中にナツは全く成長しない。足りないことへのコンプレックスは捨て去れず、足りてる人間を排除してちーちゃんと二人の世界へと逃げ込んだところで物語は終わる。阿部共実の真骨頂ともいえる、行き場のないラストだった。変わっていくちーちゃんを見て、ナツは何を考えたのだろうか。願わくは、変わっていける未来であってほしいと思う。

感覚で気持ちいいスポーツ漫画体験、『ピンポン』(松本大洋)



 遅くなりましたが、新年一本目の記事。しばらく低速での更新の予定。2月いっぱいくらいおそらく忙しいですが、そのうち頑張ります。

 

 さて今回は『ピンポン』。先日アニメ化が発表されて、たまたま正月に実家に帰省した際に読み返していた大いに驚いた。スポーツ漫画の傑作として今も語り継がれる本作は、絵柄などクセの強い作品であるにも関わらず広い層に受け入れられている。その理由として、映画化したというのも大きな要因だが、それよりなにより鬼才松本大洋による漫画技法の巧みさがある。一言でまとめると、読んでいて気持ちがいい漫画、と評価できる。

 

 漫画以外にも言えることだが、コンテンツは規模が大きくなるにつれて表現は成熟していく。先を走る表現は時に前衛的と評され、多くの人間には敷居が高くなる。しかし、最先端の表現技法にもかかわらず、大衆にウケる作品は存在する。音楽がわかりやすい例だが、曲を聴く時、大多数の人間は作り手の技量を評価はしない。なんとなくメロディを聴いて、なんとなく歌詞を聴いて、いい曲だなと感じる。その感情が生まれるために、作り手は様々な趣向を凝らす。人々の感覚に訴えかけるような作品を作ろうと尽力する。

 

 そのような視点で考えると、『ピンポン』は漫画というコンテンツの表現技法を十二分に活かした、感覚的にわかりやすい作品となっている。まず、ストーリーとキャラクタの配置が素晴らしい。二人の主人公とライバル達、才能、努力、幼馴染、苦悩、挫折、リベンジ、再会…青春漫画の基本のような構成要素が並ぶ。全体でみるとシンプルなストーリーだが、少しずつ要素を積み上げていき、終盤にかけてそれらを爆発させる構成が非常にうまい。全ての舞台装置は、最後に待っている主人公二人の再戦のために用意されている。

 そのストーリーを活かすために様々な漫画技法が繰り出される。本作の場合は、なんといっても線だろう。人工物に対しても定規をつかわない松本大洋の描く線は、ある時は力強く、ある時はやわからく、臨場感あふれる絵を紡ぎ出す。もうひとつ、スポーツ漫画として重要な要素である、「動き」の技法の多種多様さが大きな特徴としてあげられる。コマ割りや擬音、比喩など、ありとあらゆる表現を用いてキャラクタの「動き」が描かれている。『SLAM DUNK』でよくある、「動き」の瞬間を切り取った静止画とはまた違う、漫画という媒体独特のスポーツの描き方だ。そして、重要なことは、読み手は繰り出される技法を意識する必要はないということだ。パラパラと読み進めるだけで読者は試合の臨場感を味わう事ができる。

 優れている作品全てが後世に残る訳ではない。技法が優れていようとも、売れないばかりに日の目を見ないまま消えていった作品も多く存在するだろう。本作はオリジナリティ溢れる前衛的な技法を多々使用しているにも関わらず長期間多くの人間に支持され、連載終了から17年経った段階でアニメ化という運びとなった。支持を得る理由は、感覚に訴える、どんな人にも楽しみやすい作品だからだろう。漫画の表現とアニメの表現は別物だが、アニメではどのようにコンバートされるか今から楽しみだ。



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