
どんな分野においても、今まで誰もやってこなかった新しいことは評価の対象になる。しかしながら、膨大な数の既存の作品が積み重ねられた現代において、人のやっていないことを探していると表現は前衛的で難解なものになっていく。そのような新しい、アバンギャルドな表現は目の肥えた一部の人間にのみ評価される傾向にある。一方、大衆に受けるようなわかりやすい表現は、既に古い時代に大部分が開拓されている。
そのため、大衆向けの作品を作るためには古典を学び、その手法を取り入れることが一番てっとり早い。古い作品のリメイクが行われるのは、世代が変わっても人々を惹きつける力がその作品にあるからだ。人々を魅了するワクワクの原点は古典にある。しかし、既存の作品をそのまま扱う訳にはいかない。他人の作品を自分流に料理する表現者の技量が試される。
今回紹介する小原慎司の『地球戦争』は、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』を主なモチーフとしている。『宇宙戦争』は言わずと知れたSF古典の名著である。『地球戦争』も序盤は『宇宙戦争』のストーリーをなぞっていく。ただ、大きく違うのが登場人物だ。主人公は孤児院で暮らす少年オリバーであり、そのオリバーが上流階級の娘、アリスと出会うところから物語が転がり出す。Wikipediaの引用だが、オリバーはチャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』、アリスはルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』、それぞれ別の物語の主人公をモチーフにしている。ここからわかるように、『地球戦争』は複数の古典作品を土台として構成されている。それは、ただ既存の作品を切り貼りしたわけではなく、新しい作品としての再構築である。
『地球戦争』コミックの巻末インタビューを読む限り、小原は映画、小説などにも造詣が深いようだ。おそらく『地球戦争』において、上であげた作品以外にも様々な作品から、物語、登場人物、表現等の要素を取り入れているのだろう。それらが小原の手により、再構築されて一つの作品となっている。火星人が突然攻めてきてロンドンは火の海になる、主人公は孤児院で暮らしており下層階級の中でたくましく生きている、上流階級の娘と主人公が出会い価値観の差から衝突しながらもお互いを理解し合っていく…物語一つ一つの要素は決して突飛なものではなく「古典的」だ。しかし古典的なものにこそ、時代が違っても大衆に受け入れられる、ワクワクの源流が存在する。小原の手により、ワクワクの源流がそれぞれの古典作品から抜き出されて、再構築されていき『地球戦争』が描かれている。
「古臭い」と評されることがある小原漫画だが、それが批判であるならばお門違いだ。小原はあえて古臭いものを提供している。読み手はその古臭い、根源的なワクワクを楽しむべきだ。