歴史上、権力を持ちどんな願いも叶う立場にありながら、人格が伴わず自由奔放に権力を振りかざす王が沢山いたことだろう。裸の王様のイメージである。王程度ならまだよかっただろうに、今作の主人公の「かおちゃん」は全知全能の神であり余計にタチが悪い。

 p14
p14より引用 全知全能の神「かおちゃん」 見た目は普通の可愛い女性。

 かおちゃんは全宇宙どころか平行宇宙も含めた全世界を統べる神であり、全ての宇宙の情報を知り自分の思うように世界を作り変える力を持っている。

p136
p136より引用 様々な宇宙の報告を聞くことが「ご公儀」とのこと。

p116
p116より引用 「友達が欲しい」という願いを叶えるため友達を創るかおちゃん。

 そんな全知全能の神であるかおちゃんだが、「とっても退屈」(p17より引用)しているらしく、公儀をサボって人間界に遊びに行ったと自由気ままに行動する上、言動もコロコロ変わるため、配下は振り回されっぱなしである。失敗を犯した時間軸ごと切り取ったりと、神の力を使ってやりたい放題。スケールの大きい、愚君と言える。全知全能の神でありながら人格が伴っていないというのがアンバランスで面白い。

p115
p115より引用 かおちゃんは非常に直情的。それに振り回される配下。


p88
p88より引用 気に入らない時間軸の切除なども可能なよう。

 そんなかおちゃんが恋に落ちたところから物語は始まる。しかも恋の相手は神などではなくただの人間である。名前は鮫島晃一(通称こうちゃん)。こうちゃんと一緒にいたいかおちゃんはあの手この手(神の力)を用いてこうちゃんと一緒になろうとする。だが、上手くいかない。全知全能の神の願いなのになんで?
p13
p13より引用 鮫島晃一(こうちゃん)。かおちゃんの意中の相手。

p100
p100より引用 すっかり恋する乙女のかおちゃん。神なのに。

 作者である野田彩子の前作『わたしの宇宙』を読んだ方なら「鮫島晃一」の名前と容姿に覚えがあるだろう。それもそのはず、前作や他の野田彩子作品にも鮫島晃一は何度か登場している。スターシステムなのか。しかし、『わたしの宇宙』の中での鮫島晃一の役割は非常に特殊であった。漫画の登場人物が自分自身が漫画の登場人物であると自覚するという漫画メタ漫画でる『わたしの宇宙』の中で、鮫島晃一は意のままに世界を操る存在として登場し、思わせぶりな言葉を吐き退場していく。さながらメタの代弁者である。それでは、今回の鮫島晃一はどうなのか。

p128
p128より引用 神の予想の外を行く鮫島晃一。何者なのか。

 ここで一つの仮説を提唱したい。それは前作『わたしの宇宙』と今作の設定が部分的にリンクしている説である。そして鮫島晃一は「漫画のキャラクター」として作品内に配置されている、と私は予想する。鮫島晃一はスターシステムの登場人物の一人として、全知全能の神であるかおちゃんの恋愛の相手という役割を持って作品内に配置されている「キャラクター」ではないのか。「漫画のキャラクター」であるがゆえ、死んでも蘇るし、何度でもかおちゃんの目の前に現れる。鮫島晃一は自分がキャラクターであることを自覚しているが、自由奔放な神の相手という役割が嫌になっている。その結果が、「おれはただ、普通に生きて普通に死にたいだけだ。」「ひとつの社会に溶け込んで。」(p149より引用)というセリフに出てきているのではないか。そして、漫画の世界をかおちゃんは恐らく知覚できていない。全知全能の外側に、メタの世界が広がっている。
 あくまで一つの仮説で多分間違っている。ただ、前作では一筋縄ではいかないメタ構造で読者を楽しませてくれた野田彩子なので、今作も予想の斜め上を行くストーリーを期待している。できれば、かおちゃんに幸あれ。