物語を動かすのはキャラクタである。設定や世界観を中心に形成される物語もあるかもしれないが、大半の作品の中心にはキャラクタが置かれるはずである。設定や世界観、もしくはモブキャラクターなどはメインキャラクターを活かすための舞台装置であり、如何にしてキャラクターの魅力を表現するかが物語のキモとなる。
本作の主人公は、将棋の養成機関である奨励会に所属してプロを目指している高校生、高以良瞬だ。 日夜、将棋の勉強に励む高以良だが、壁にぶつかりなかなかプロに成れずにいる。そんな高以良が思い悩みながらプロを目指していく物語なのだが、この高以良がかなりの「アホウ」なのである。
p25より引用。主人公高以良は将棋のプロを目指している。
なかなか将棋で勝てない高以良は、将棋の師匠であるプロ棋士に相談にいくが「将棋で強くなる方法なんて教えられない。自分で考えろ。」と突っ返されてしまう。そして、自分で考えた結果、退路を断つ、という選択肢を取ろうとする。奇抜な恰好をして社会的評価を下げ、将棋プロ以外の選択肢をなくそうというのである。
p32より引用。ある日、突然メイクしてピアスを空けた高以良。
p36より引用。将棋のプロになるために退路を断つという選択。
1話目からこのような展開で高以良のアホウさが演出されている。それ以降も様々なエピソードで高以良のアホウさ、というより純粋でうつろいやすい人格が描写される。彼は物語の主人公であり、この物語は主人公のための物語だからだ。
他の登場人物についても、それぞれのエピソードはあるがあくまで主人公の魅力を引き出すための舞台装置として配置されている。
特に印象的なのはライバルキャラの夏目の存在である。1巻後半で高以良がとある理由で泣きじゃくりながら自分の心中を叫ぶ。高以良の考え方は青くてまっすぐで、読者の共感を得られるような演出がされる。ただ、その場にいた夏目は、完全に高以良の主張をスルーする。読んでいて違和感を覚えるほどに、高以良と夏目の温度差が激しい。
p146より引用。高以良と夏目の温度差をよく表した1ページ。
この演出は色々な捉え方ができるが私の意見として、あくまで夏目がライバルキャラであることを演出するため高以良の意見に共感させないものと捉える。高以良のための物語の中では、夏目は明確な敵であるべきだ。
将棋描写も毎回違う演出がされてユニークである。あの手この手で主人公の心情が描かれる。
p166より引用。将棋のシーンの演出。冷静な高以良と直情的な高以良。
以上のように、エピソード、周りのキャラクタ、演出と物語の総てが高以良の魅力を演出するために用意されている。勿論、前提として魅力的な高以良のキャラクタがあってこそである。純粋で素直でアホウな高以良がこれからどのように悩みながらプロを目指すか、そしてそれがどのように演出されるか、今後のアホウの一生が楽しみである。