ファンタジーの世界観、と聞いて一般的な人はどんな設定を思い浮かべるだろうか。魔法や亜人、ドラゴンなんかもキーワードとして出てくるかもしれない。現実の常識からかけ離れているからこそのファンタジーであり、触れたことのない世界観を体感することを受け手は楽しむ。ここで、ファンタジーの世界を描く上で二つの課題が浮かび上がる。一つは「魅力的な世界観であること」、もう一つは「受け手に理解できる世界観であること」である。前者だけで受け手が理解できなければ娯楽として成り立たない製作者の独りよがりになるし、後者だけでは刺激がなくファンタジーの意味がない。両方が揃わなければ、多数の受け手が楽しめる作品にはならない。魅力的な世界観をいかにわかりやすく伝えるか、が重要となる。

 
 本作は人間と魔人が戦争する世界を描いたファンタジー作品だ。人間は機械で、魔人は魔法を武器として戦う。物語の軸は割とオーソドックスといえるだろう。
 種族間の争いは魔族有利で進んでいる。「腐鉄菌」というものの存在で人間側の使用する機械に制限がかかっているようである。時代設定は遠未来のようであるので、その中で強力過ぎる近代兵器の使用を制限するユニークな設定だ。


p5
本編p5より引用。人間側と魔人側の戦争を中心に物語は描かれる。


p49
本編49ページより引用。現状は魔人勢力が人間側を圧倒している。


 魔人たちの中では科学ではなく魔術が物事の道理として認識されている点も面白い。いかにもファンタジーであり、我々の常識では考えられない魅力的な設定だ。物の捉え方、考え方の違いを描くことは難しいだろうが、道具を使ってわかりやすく描写されている。


p28
本編13ページより引用。科学を宗教まで言い切るのはファンタジーでもあまり見かけない。


p170
p170より引用。魔人からするとガスバーナーのような道具は「術」のようだ。


 また、人間と魔人以外の生物の設定も独特だ。怪蟲と呼ばれる既存の生物を人工的に操作して作られた生物が家畜や戦争の道具として利用されている。
 圧巻が竜の存在である。戦闘機のような見た目で人が内部に乗り込んで操作するが、れっきとした生物のようである。人工的な爆弾と魔法を同時に使いこなし、歩兵しかいない戦場を圧倒する。


p35
本編35ページより引用。既存の生物を操作して進化させた生物が大多数なようである。


p116-117
本編116,117ページより引用。完全に巨大変形ロボだが、物語の中では「竜」と呼ばれる生物。


p150
本編p150より引用。上でも示した「竜」。生殖機能もあるようでやっぱり生物。


 ここまで示したように、本作には魅力的なファンタジー設定が詰め込まれている。かなり練り込まれた世界観であり、その世界の中、特に魔人勢力側の中で「常識」が形成されているのがポイントとなる。上でも記した科学と魔術の話などはその一例と言える。作りこまれた世界観は受け手に異文化に触れるような感覚を与える。まさに常識を飛び越えるファンタジーの醍醐味と言える感覚である。
 そして本作は、その綿密な世界観をわかりやすく伝えている。こちらのポイントは、情報を出し過ぎていないことである。ここまで世界観が作りこまれているのであれば、作者からすればあれこれ考えていることをもっと出していきたくなるだろう。ただ、本作の中ではかなりの情報が小出しにされている。最小限のキーワードと絵で世界観を表現しようとする試みが各所に見られる。そのような情報を制限する工夫により、受け手からすると常識外の世界観であるにも関わらず、比較的理解しやすい話にまとまっている。

 このように本作は、「魅力的な世界観であること」と「受け手に理解できる世界観であること」がバランスよく両立した作品である。大風呂敷は開かれているので今後、どのように作者の頭の中にある世界観を表現していってくれるか楽しみである。