おそらく大半の日本人は漫画を読んだ経験があるだろう。漫画を読むことに慣れていると意識はしないが、メディアとしての漫画は映画や小説などと比較すると、読む上で知っておくべきルールが多いように思う。例えば、吹き出しは尖っている部分が向いている人物が出している音だ、とか、四角で区切られた区画(コマ)ごとに時間軸が分けられている、などの事項は、当たり前のことのようだが漫画以外のメディアにはないルールと言える。そしてそのような漫画独特の存在である「吹き出し」や「コマ」、そして「絵」を的確に配置することで、読み手の視点を意図的に誘導する画面作りが「視線誘導」と呼ばれる。映画や絵画等でも使われる言葉ではあるだろうが、ページを次々とめくって絵を眺める漫画というメディアにとって最も重要な技術の一つであるだろう。
 今回紹介する作品は非常にユニークで大胆な視線誘導が各所で見受けられるので一部を紹介する。


 本作主人公の葬儀屋、海道航は「生き急いだ」結果、バイクで300km/hを出して転倒し致命傷と思われる怪我をする。そんな大事故にあったにも関わらず3年後、航は何事もなかったかのように目を覚ます。しかし3年ぶりに意識を取り戻した航には奇妙な幻覚が見えるようになっていた。幻覚に振り回されるさなか、航は葬儀屋の仕事で隣町まで出向くこととなる。隣町は「黒金の帝国」と呼ばれる場所で、街に住むどこかおかしな人物たちに絡まれつつ、航は仕事を遂行するため帝国の中心部に向かう。

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p25より引用。主人公の航。生まれた時から「生き急いで」いる。


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p42より引用。事故の後、航には奇妙な幻覚が見えるようになる。


 本作では、航の見る奇妙な幻覚と黒金の帝国に住むおかしな街の人々により、ある種のシュールな世界観が形成されている。ユニークな登場人物たちの影響もあり作品全体の画面作りも独特の雰囲気を持つものとなっている。
 その画面作りであるが、いくら面白いコマ割りや魅力的な背景を書いたところで、大半の読者はコマ割りや背景などは意識しない。熱心な漫画好きならば画面全体や表現技法を読み解くのに注力するだろうが、普通の人間はせいぜい人物とセリフを追いかけるのみで、コマ割りや背景はついでに見る程度であろう。ここで重要なのは、普通の読者が追いかける「人物」と「セリフ」こそが先述した「視線誘導」のキモであるということだ。そして読者にコマ割りや背景を見てもらうためには、視線誘導の動線上にそれらを配置しなければいけない。


 ここで質問だが、皆様は下の1ページをどのように読むだろうか。

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p13より引用。どのように視線を動かすか。


 日本の漫画は基本的に、「右上から左下」の順番に読み進めることがルールとなっている。上のページはコマ割りこそごちゃごちゃしているが、読む順番は基本通り「右上から左下」だ。その視線が動く動線上にセリフや重要な情報を配置しており、その周りのコマは「付け合わせ」となっている。

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p13より引用。漫画の基本通り、「右上から左下」に向かって読むように画面が構成されている。


 このように、視線の動線上に重要な情報を配置し、ノイズとなる情報は動線外に置く、というのが基本となる。
 視線の動きの基本は「右上から左下」なのだが、先ほども述べたように「人物」と「セリフ」の配置により視線の動きは変化する。例えば次に示す1ページでは、セリフを連結させることで視線が連続してセリフの上を動くように意図して描かれている。その上で動線上に重要な情報を置き、読みやすい画面が作られている。
 その下のページでもセリフの連結により視線を誘導している。そちらでは動線上に大ゴマの中心を配置することで、視線を動かす中で自然に画面の全体像が把握できるように工夫がされている。

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p20より引用。セリフを追うように視線が動くように意図されている。重要度の低いコマは動線の外に。


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p78より引用。視線の動線上に大ゴマの中心を配置。


 縦のぶち抜きコマも効果的に使われている。セリフを使って縦ゴマに沿って視線を誘導し、人物の全体像をさりげなく見せる工夫がされている。

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p27より引用。視線誘導により縦ぶち抜きゴマをさりげなくアピールしている。


 次に示すページでは、セリフによる視線誘導とコマによる視線誘導が同時に行われている。右上のコマからセリフの流れからすると下のコマに視線は移るが、右上のコマは左のコマと背景が共有されており左側に視線を移動することも可能である。下のコマと左のコマの重要度は同程度であり、おそらく片方を見た後に一度戻って、もう片方に目を向けるという流れを想定しているように思う。

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p125より引用。下と左への視線誘導が同時に行われている。


 次のページは見開きで視線誘導がされている。右ページが大ゴマ、左ページでは歪なコマ割りが展開されており一見すると読みづらそうだが、セリフと人物を追っていくことで画面全体の流れが自然に把握できる仕組みになっている。背景の流れもなんとなく視線の流れと一致しているのが面白い。


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p92,93より引用。歪なコマ割りがされているが、セリフと人物を追うことで画面全体を把握できる。


 背景、モブがしっかり書き込んでいる作品の場合、それらは画面全体の情報量を増やし重厚な印象を与える反面、情報過多になり主要キャラや本筋が埋もれてしまう危険性を伴う。本作は視線誘導を駆使することで、ユニークな世界観を画面上にしっかりと描きつつ、読んでいてストレスを感じないあっさりとした読後感となっている。シュールな世界観の魅力を存分に発揮するために効果的な画面作りがされていると言える。


暗闇ダンス 壱 (ビームコミックス)
竹谷 州史
KADOKAWA/エンターブレイン
2016-01-25



 ※視線誘導に関しての基本は、以下のHPを参考にさせて頂いた。

心理区 『漫画を読むときの視線の計測』 http://roroco.net/archives/89