好きな作品、自分の中で完結している作品ほど、蛇足が恐ろしい。
コミック巻末の後書きすら無駄に思える。
タイトルを変えての続編など以ての外である。
完結している作品に何かを付け加えるのだから、
蛇足にならないための工夫が求められる。
本作はWEBにて作者が公開していた短編(タイトルは同じ『兎が二匹』)を
月刊コミック@バンチ連載化したものである。
短編の連載化はたまに見かける。
設定とキャラクタだけをそのままに新しく1話から描き始めるスタイルが一般的だが、
読み切りの話をそのまま第1話にして、続けて連載を始める作品もある。
本作は後者のパターンである。
問題はこの作品が、読み切りの時点で「完結」を迎えている点である。
その上で、作者と編集は読み切りをそのまま第1話に据え置く選択を取った。
本作の特設サイトにて、読み切り版と連載版第1話が無料公開されている(2月15日現在)。
未読の方は是非、この記事を読む前に特設サイトで本作を読んでもらいたい。
(そして読み切り版が「完結」を迎えていることを確認してもらいたい。)
読み切り版と連載版はほぼ同じストーリー、構図、セリフで展開されるが、
作画自体は全ページで描き直されており、演出も何点か変更されている部分がある。
本記事では読み切り版と連載版の比較を行い、変更された演出の意図の考察、
そして、何故読み切り版をそのまま第1話に据え置いたのか、を考える。
(これより下の画像は以下のURLより引用)
『漫画「兎が二匹」特設サイト』:http://yamauta.o0o0.jp/usagi2/
『読み切り版』:http://yamauta.o0o0.jp/usagi2/short/
『連載版第1話試し読み』:http://comicbunch.com/viewer/manga/usagiganihiki/
まず、1ページ目。
これ以降の画像は全て、左が「読み切り版」、右が「連載版」である。

見ての通り、セリフは全て同じである。
「連載版」では「二匹の兎」が描かれる構図に変更されている。
また、ジグソーパズルの演出は「読み切り版」のみで複数個所描かれている。
次に2ページ目、扉絵である。

遺影にも関わらずピースのポーズでサクのキャラクタがより強調されている。
また、少しすずが幼く(頼りなく)描かれてることもポイントとなる。
続いて7ページ目。

全編通してだが、「連載版」では影の部分に
メッシュの入ったやや明るめのトーンが使用されており、
画面全体が暗くなり過ぎないように工夫されている。
背景の書き込みも「連載版」では細かく、連載仕様である。
すずの職業は「骨董商」から「骨董修復」に変更されている。
続いて11ページ。

左下のコマにおいて、
「読み切り版」のジグソーパズルの演出が
「連載版」の影の腕の演出に置き換わった形となっている。
また、読み切り版ではあった
「逆に楽しい思い出は すぽっと忘れて 思い出せん」
というすずのセリフが省かれている。
続いて12ページ目。

「連載版」では影の腕の演出が枠線外を占拠している。
影の腕が何を表しているかがポイントとなる。
続いて、13ページ目。

このページが「読み切り版」と「連載版」の最も大きな違いとなる。
後述するが、下のコマが今後の物語を全て表していると予想される。
続いて18ページ目。

最後のコマの構図が大きく異なる。
「連載版」の方が前のコマからの構図の変化が少なく読みやすい。
続いて20ページ目。

1コマ目からすずのキャラクターが大きく変更されていることがわかる。
「読み切り版」の堂々とした様子から、
「連載版」の知らない人の前で口ごもってしまう性格に。
続いて21ページ目。

ここでも「連載版」では
「えっと」と口ごもるすずが描写されている。
また、「連載版」のコミックス1巻にて再登場した研究員のキャラクタが
「読み切り版」で地味に登場しているのも面白い。
最後に31ページ。

サクの自殺に関するマスターの言葉が全体的にマイルドになっている。
中央のコマで描かれている海に浮かぶ花は、
「読み切り版」では1輪だったが「連載版」では花束に修正されている。
ここまで比較して、
「読み切り版」から「連載版」への移行に際して、
一番大きな違いはすずのキャラクタの変更と言える。
「読み切り版」ではサク以外の他人に対してすずは
嫌悪や憎しみの感情を持っていたであろう(13ページ目の表情より)。
一方で「連載版」でのすずは、コミック1巻を読めばわかるだろうが、
影の腕で表される恐怖の感情を持っていると思われる。
また、コミックの第4話では、
愛する他人を失うことへの恐怖も影の腕で演出されている。
「連載版」においても、12ページから13ページ1コマ目までの描写は
他人に対する憎しみで溢れている。ただそこまでである。
13ページ目の下のコマによりすずの世界は反転する。
サクの手によって導かれ、すずは憎しみから解放される。
「嫌なことばっかり思い出す」の「嫌なこと」は失う悲しみである。
冒頭にて、本作は「読み切り版」と「連載版」で同じ話、という風に説明したが、
すずの他人への感情だけ見れば大きく違う方向を向いている。
1話だけでは違いがわからない、ミスリーディングが仕掛けられていた。
同じ話ではない。何かを付け加えたわけでもない。
パラレルワールドに近い世界であると考えられる。
コミックは2巻で完結とのことだが、
これから如何に、「第1話13ページ2コマ目」を描くか、
そしてどのように「完結した物語」のパラレルワールドを完結させるか。
同じ最後かもしれないし、全く違う未来かもしれない。
私個人の希望としては、
ぴったり合ったジグソーパズルが永遠に離れ離れになり、
「いつまでもいつまでもつづく」ようなことのないように祈っている。
ブログ拝見させていただきました。
連載という形式をとるにあたって大分すずさんの設定が変更? 加筆? されたわけですが、サクの設定については読切版時点でどこまで決まってたんでしょうかね? 作者様のみぞ知るところではありますが、気になるところです。
最後のページ、『いつまでもいつまでもつづく』がずっしりと心にきますね…死が救いになるというのも悲しい話ではありますが、すずに少しでも救いが与えられるような結末になることを、自分も願ってやまない限りです(´・ω・`)