私は何も創作手段を持っていない人間なので、創作者への憧れを常々抱いている。
本作を読んでその気持ちはさらに強くなった。
創作者達はこんなにも創作により快楽を感じているのか、と。 

架空の設定を考えるのが大好きで「最強の世界」を表現したい浅草みどり、
アニメの演出全てがアニメーターの演技という持論の持ち主の水崎ツバメ、
そしてそんな二人を利用して金儲けを企む金森さやか、という三人組が
設備も何もない状況から「映像研」を立ち上げてアニメを
製作するというのが本作のストーリーである。 

読んでいて特に目を引くのは現実からシームレスに移行する空想の描写である。
浅草の思い描く設定の世界が他の二人を巻き込んで展開される。
空想の世界の最中でも意見の擦り合わせや設定の修正が行われていく様子は
読み手の思考を三人の空想とリンクさせることに一役買っている。
各話に見開きで収録されている浅草が描いた設定画も凝っている。

本作中ではアニメーション制作の様子を描くと同時に、
主人公三人のバラバラの個性に関する描写が目立つ。
それぞれの得意分野を活かし一丸となってアニメ制作に挑む姿は
青春物として一級品のクオリティだ。
ただ、そこで目につくのが表題でも書いた通り、
創作者という種類の人間の快楽主義者っぷりである。

作中において創作者の二人(浅草と水崎)から
アニメーションの「受け手」を意識した発言は一切出てこない。
彼女らは自分たちのやりたいことに夢中で他のものなど眼中に入らない。
大雨が降ろうとお構いなしだし、1か月に4カットしかできなかろうと気にも留めない。
創作という快楽のために盲目的に作業を続ける。

そんな二人の手綱を握る役目である金森は非常にいい味を出したキャラクタだ。
予算を管理したり、道具を揃えたり、納期に間に合わすために
工程を現実的な方向にシフトしたりなどなど。
欲望のままに突き進む創作者というじゃじゃ馬を
適切にマネジメントする様子は本作に現実っぽさを与えている。

さて、そんな快楽主義者な創作者が自分のためだけに
作ったアニメを見た「受け手」はどのような感想をもっただろうか。
予算審議委員会の話にて、受け手達はアニメのクオリティに驚く。
一方で当の本人たちは作品の出来に納得いかない様子で、既に次の構想を練っている。
「受け手」が感じ取れるのは創作者の快楽の残渣、ほんの一部なのだろう。
創作者の快楽は創作者にしか得られない。羨ましい限りだ。