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セリフやモノローグ、画面表現などでキャラクタの感情を表現するのが一般的だろうが、
キャラクタそのものを感情の象徴として描いているのは新しいなぁという感覚。 

アニメーション作家として活躍する久野遥子が2010年ごろからコミックビーム誌上で
発表していた短編をまとめた処女単行本となる本作、収録されているどの作品も
ユニークな設定を比喩的に用いながら少女達の繊細な感情を描いている。
少々難解なストーリー構成ながら、構図とコマ割りに拘った画面構成と
柔らかい描線で描かれる生き生きしたキャラクタのおかげで、どの話も読みやすい。
各話魅力的だが、3話で構成された表題作『甘木唯子の角と愛』にフォーカスを当てよう。

主人公は、おでこにユニコーンのようなツノが生えた少女、唯子とその兄、宏喜。
宏喜は家を出て行った母親を憎み、妹にツノを使って刺し殺す練習をさせる。
そんな兄の言いつけを守りつつも、母親を恋しく思う唯子。
愛情と憎悪、両極端な母親への感情のシンボル的に描かれる二人。
しかしながら母親への攻撃的な感情の象徴としての「ツノ」は妹に生えている。
「あたしがすることは」「全部ひろちゃんがしたいことだよ」と唯子が話すように、
ツノは宏喜の感情の一部を具現化したものである。

母親が出ていった日の回想シーン、風邪で寝込む宏喜に挨拶もせず、
唯子の頭をひとなでして母親はいなくなってしまう。
その際に、宏喜の気持ちを代弁する形でツノが現れる。
愛情の象徴に生えた憎しみの象徴、二つをつなぐキーとしてツノは描かれている。

母親が亡くなった当初は母親への憎しみを抱き続きていた宏喜だが、
同級生に恋をして、他の事に目が向くうちに憎悪の感情は薄れていく。
それと同時に、憎しみの象徴であった唯子のツノもなくなる。
憎しみだけではない、母親を慕う気持ちを表していたカメラも捨て、
母親という存在自体が宏喜の中で過去のものとなって忘れ去られていく。

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p. 199より引用。

最終話のラスト、母親の服を着て宏喜の前に現れる唯子、
母親の愛情の象徴である彼女は、母親を忘れようとする宏喜に「あたしを見て」と呟く。
そして憎しみの象徴であったツノを宏喜に突き立てる。
これまでの物語の中では誰も傷つけず、空想上のものとも捉えることができたツノ。
空に振りかざすばかりだった宏喜の憎しみは最後に彼自身を傷つける。
ぶつけたかったけどぶつけられなかった母親への怒りは自分の中に傷跡を残した。
愛情と憎しみ、二つの感情が入り混じった母親への想いと共に二人は生きていくのだろう。