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理性と感情、対照的な感性による主導権争いが演劇部という舞台の上で描かれた作品。
その構図は少なからず、次回作まで持ち越されている。
 

 『崖際のワルツ 椎名うみ作品集』には短編が3作収録されているが、本稿では表題作の『崖際のワルツ』について言及する。

舞台は高校の演劇部、主人公である2人の少女は対照的な性格である。
美しい容姿ながら空気の全く読めない華と、ぼさぼさ頭で毒舌の律、2人はそれぞれ感情と理性の象徴として描かれている。

2人は単独では周囲に溶け込めない浮いた存在だ。
華は一人で盛り上がって周りから引かれているし、律はどぎつい物言いで他人から自ら距離を置いている。そんな2人がペアを組み15分間の小劇をすることになる。劇の準備からお披露目まで、感情と理性による主導権の奪い合いが始まる。

物語の序盤は理性が感情を押さえ込む。友人の欲しい華は、律に嫌われたくない一心で言われるがまま動く。このままの力関係で小劇が行われていれば律の構想していたような心のない白雪姫が演じられたであろう。理性で固められた劇は小奇麗な出来であろうが大衆の心には響かなかったかもしれない。
後半の演劇シーンでは感情が爆発して理性の制御から解き放たれる。律の構想を飛び越して、華の感情が表情と声色という形で表現されるている。ただ、理性側も完全に手綱を離したわけではない。本書のカバーイラストに示される通り、好き放題暴れ回る感情を片手で支えてコントロールしている。暴れ馬のような感情を理性が何とかリードする。

注目すべきは華の表情の変化だ。
脚本は崩壊し支離滅裂になる中、観客および読者は華の表情、心の面白さに魅了される。入部時の寸劇でも華の抑え切れない感情は溢れ出していたが、その表情は狂気に満ちており観客には理解されない。理性の伴わない感情は例えポジティブなものであっても他人に伝わらない。
一方で、小劇時の華の表情は歓喜に満ちている。目は爛々と輝き、口元は緩み、頬は赤く染まった彼女の表情は艶美でさえある。寸劇の際の独りよがりな感情ではなく、律に対して正直になり、対等な友人となることに対する喜びの表情である。そんな彼女の心が観客にも伝わり結果として熱狂を生んだ。感情と理性が演劇という舞台の上で合わさった結果である。

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本編p. 130より引用。読者に対しても非常に強い表情による表現。

本作は(個人的には連載で読みたかったが)読み切り作品である。ただ、本作中の理性と感情の構図は、おそらく作者が現在連載中の作品、『青野くんに触りたいから死にたい』に受け継がれている。
主人公の少女は理性を捨てて感情のまま幽霊である少年と交際を続ける。その中で彼女を理性的になだめようとするのが幽霊である少年という構図は非常に滑稽だ。恋愛作品という感情優位になりがちな舞台の上で、理性がどのように感情を制御していくか今後の展開を楽しみにしたい。