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(アフタヌーン公式サイトより画像引用)

 思春期の頃に読んでた漫画雑誌の影響力が絶大という話から、アフタヌーンという雑誌が強い要因を考察し、そして漫画雑誌不遇のこれからの時代にアフタヌーンがどうなっていくかを予想する、という盛沢山過ぎる内容でお届けします。

<私とアフタとの出会いと現在>
 私と月刊アフタヌーンとの出会いは2004年頃だったと記憶している。家族が買ってきた雑誌を読ませてもらったのが始まりである。確か、『げんしけん』で荻上さんが泣き出しちゃう回が収録されていた号だ。当時、週刊少年ジャンプや月刊少年ガンガンなんかの雑誌を読んで健やかに漫画生活を送っていた私にとって、アフタヌーンという灰汁の強い雑誌との出会いは衝撃的であった。ガンガン読者だったことが幸いし雑誌の分厚さへの抵抗はなかったものの、ジャンルごちゃ混ぜの掲載作品、ページ数もバラバラ、いくつかの作品は絵柄も洗練されていないように見えるし、とにかく今までにない漫画体験であった。
 最初は恐る恐る、数作品だけ読んでいた私であったが、しばらくするとあの1000ページを超える雑誌を端から端まで読む立派なアフタフリークスが出来上がっていた。絵柄が苦手だとか、ジャンルが合わなさそう、と始めは思っていた作品でも、読んでみると全ての掲載作品はどこか尖っていて何かしらの読ませる魅力があった。

 そして私はそれから8年間程度、アフタヌーンを毎月買い続けた。『ラブロマ』、『FLIP-FLAP』、『友達100人できるかな』、『げんしけん』、『無限の住人』、『蟲師』、『ヒストリエ』、『おおきく振りかぶって』、『ラブやん』、『ヴィンランド・サガ』、『シドニアの騎士』、『BUTTER!!!』、『アンダーカレント』、『カラスヤサトシ』、『臨死!!江古田ちゃん』、『ベントラーベントラー』 、『もっけ』、『プーねこ』、『ハトのおよめさん』、『るくるく』、『俺と悪魔のブルーズ』、『世界の孫』、『ナチュン』、『あたらしい朝』...勿論苦手な作品もあったが、他の雑誌と比べても自分の肌に合う作品が多く、というよりも自分の漫画価値観がアフタによって形成されていき、あの分厚い雑誌を毎月楽しみにしていた思春期であった。アフタの主催する漫画賞『四季賞』の受賞作が収録されている小冊子『アフタヌーン四季賞ポータブル』も大事に取っておいて何度も読み込んでいた。
 あの頃、私はアフタに夢中だったし、アフタと共に思春期を過ごした。

 そんなアフタっ子の私であったが、2011年頃より、いつの間にやらアフタ本誌を買わなくなっていた。明確な理由は記憶が曖昧だが、引っ越して雑誌を置くスペースがないやら、雑誌に萌え絵の作品が増えてきてアフタっぽくなくなってきたやら、他の雑誌の漫画も読みたいのでアフタばっかりに時間とってられない、やらだったように思う。一時期イブニングを買ったりもしたが長くは続かず、その頃から今に至るまで、私は漫画雑誌定期購読を辞めてコミック派に移行している。

 アフタから距離を置いたつもりだった私であるが、ここで今現在のアフタ作品の内、私がコミックを買っているものを羅列してみよう。

『ヴィンランド・サガ』(幸村誠)
『ディザインズ』(五十嵐大輔)
『ソフトメタルヴァンパイア』(遠藤浩輝)
『波よ聞いてくれ』(沙村広明)
『ヒストリエ』(岩明均)
『プーねこ』(北道正幸)
『宝石の国』(市川春子)
『あしあと探偵』(園田ゆり)
『あやつき』(寺田亜太朗)
『大上さん、だだ漏れです。』(吉田丸悠)
『ミコさんは腑に落ちない』(イツ家朗)
『青野くんに触りたいから死にたい』(椎名うみ)
『シンギュラリティは雲をつかむ』(園田俊樹)
『発症区』(いとまん)
『来世は他人がいい』(小西明日翔)(購入予定)
『我らコンタクティ』(森田るい)(購入予定)

 現時点でアフタで連載中の34作品の内、計16作品をコミックで買っていた。
 結果として、雑誌を買わなくなったからといって、全然アフタから離れられていないのだ。私の漫画価値観は、思春期に読んだアフタという雑誌によって形作られてしまっており、アフタが変わらない限り、私はアフタ掲載作品を楽しく読めてしまう。逆に言えば、2011年ごろに雑誌購読を辞めた際に私は「アフタの色が最近変わってきている」と感じたが、全然そんなことはなく今も昔も雑誌の掲載スタンスは変わらないのだろう。
 とにかく、アフタが強すぎる。


<アフタが強い理由>
 ところで、何故そんなにアフタが強いのか。適当に3つほど理由をあげてみよう。

1)四季賞という土壌の存在
 漫画ファンなら一度は四季賞のWikipediaを覗いてみてほしい。アフタ以外で活躍しているあんな人もこんな人も、実は四季賞出身だったりする。歴史と実績のある漫画賞としての地位を確立しており、多くの漫画家志望者が投稿する場となっているのではないだろうか。

2)アフタ編集部の変わらない掲載スタンス
 上述した通り、アフタという雑誌は、少なくとも私が知っている2004年以降、なんら変わらないスタンスで作品を掲載しているように思う。総合力が伴わなくてもキラリと光る「何か」があれば掲載する、そんなスタンスだ。例えば、庄司創先生や野村亮馬先生、最近だといとまん先生なんかは、他の雑誌ではなかなか受け入れられない人材かもしれない。それを受け入れて連載の場を与えるだけの器がアフタには用意されている。

3)アフタ固定ファンの目利き
 雑誌購読はしてないとはいえ、私は今年でアフタっ子13年目だ。恐らく、日本全国にはもっと長いことアフタっ子をやっている漫画読みも多数いるはずだ。多くの人間を縛り付ける魅力がこの雑誌にはある。
 そしてアフタ掲載作品は、そのディープな固定ファンの品定めを常に受け続けている。昔の私のように「アフタっぽくない」と判断すれば、アンケートも出さないし単行本も買わない、「アフタ原理主義」なファンも少なからずいるはずだ。そんな濃いファンのお眼鏡にかなう作品だけが生き残って今のアフタ連載陣が形成されている。

 勿論、どこの雑誌でも漫画賞はあり、編集部の方針があり、固定ファンは口うるさいだろう。ただ、アフタというユニークな雑誌において、それらの要素全てが排他的で選民意識がありプライドが高い。特異な環境の下でアフタの強さが作り出されている。


<漫画雑誌の衰退とその中でのアフタ>
 さてさて、ところで、漫画雑誌の売り上げが減り続けているというニュースが世で騒がれ始めてずいぶん経つ。娯楽の多様化による漫画購読層の他娯楽への移動が主な原因だと思われるが、漫画業界は電子書籍化や漫画アプリによってなんとか漫画マーケットを縮小させないように努力している。まさに過渡期の漫画業界で、今後アフタはどうなっていくのか。
 明確な答えを出すことは難しいが、私としては上述した三つの強み、「四季賞」、「アフタ編集部」、「アフタ固定ファン」を如何に維持するかが重要だと思う。「四季賞」と「アフタ編集部」についてはスタンスを曲げずに今まで通りのクオリティで運営していってほしい。問題は雑誌が売れない中で「アフタ固定ファン」をどのように維持して、また増やしていくかだ。
 私の経験からすれば、漫画好きの若者にアフタを空気を味わってもらえば、その虜になる人間が10人に1人くらいいるはずだ。それだけ漫画好きを引き付ける魅力が未だにこの雑誌にはある。その「アフタの味」をどのように知ってもらうかを考えなければいけない。短時間でできるライトな快感に流れていく傾向にある昨今の娯楽市場の中、自分の興味のある作品以外を読ませることは用意ではない。SNSでの拡散、専用アプリによる誘導、より簡易なメディアミックス...などなど、新しい手段に積極果敢に取り組んでいくべきだ。さもなくば、いくら歴史ある漫画雑誌であろうとも将来的な廃刊は免れない。雑誌としての形態にこだわらなくても、アフタという漫画文化だけは何とかして維持していって欲しいと、一ファンとして強く願う。