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 メッセージが沢山込めらている作品について、作り手側としては描きたいことを詰め込んだつもりかもしれないが、読む側からすれば情報量が多くて混乱してしまうこともある。そんな中で本作は、各メッセージが綺麗に整理された構成となっている。

 3年前に夫に先立たれ穏やかながらどこか物足りない日々を過ごす75歳の老婦人 市野井が、ふとしたきっかけでBLコミックに出会う場面から物語は始まる。 刺激的なBLの魅力に夢中になる市野井と、BL好き女子高生 佐山とが趣味仲間になり、交流を重ねていく様子が温かく描かれている。
 BLに目覚める老人という奇抜な設定が目につく本作だが、もう一人の主人公である佐山の存在も合わさって「老人とBL」以外にも沢山のメッセージが込められている。具体的に上げていけば下記の通りである。

(1)いくつになっても新しい趣味が始められること
 75歳の老人が新しく楽しいことを見つけてハマっていく様子が生き生きと描かれてる。

(2)趣味に貴賤はないこと
 BL好きを公言することに抵抗感がある佐山に対して、公共の場所でも隠すそぶりも見せずに堂々とBLコミックを読む市野井の姿が印象的である。

(3)共通の趣味を語り合うことの楽しさ
 クラスメイトと打ち解けて話が出来ない佐山だが、市野井の自宅にて自身の意見も主張しながらBL談義を繰り広げる様子は大変楽しそうに見える。また、今まで行ったことのないイベントにも趣味仲間が出来たことをきっかけに参加に踏みきるなど、より深く趣味を楽しむ姿が伺える。

(4)歳の差は関係なく友人関係になれること
 息を切らせながらコーヒーショップの階段を登る市野井とそれを後ろから眺める佐山のシーンなど、二人の年齢差はたびたび対比的に描かれている。ただ、市野井はそんなことは意に介していない様子だ。

(5)独り身老人の生活の様子
 市野井は比較的アクティブで社交的と思われるが、カボチャを切るのにも苦戦したり、ふとした拍子に昔の思い出に浸ったりと、等身大の老人の生活描写は現実感ある。

(6)周りの変化に着いていけない高校生の悩み
 人見知りで同級生と上手く交流できない佐山が思い悩む姿が描かれている。幼馴染との思い出を噛み締めながら「スピーディになった」と声をかける彼女の心中は想像に難くない。

 以上のような、バリエーション豊かなメッセージが本作には込められている。1巻時点でこれだけ多くの要素を詰め込むと情報過多になりそうなものだが、作者の巧みな漫画技術により、読んでいて混乱することはなくすんなりと物語が頭に入ってくる。作中の情報を整理する漫画技術として、対比的な二人の主人公の配置も上手く機能しているが、本記事では「間」の画面表現について取り上げる。

 本作において、吹き出しやオノマトペのないコマが不意に挿入される場面が数多く見受けられる。場面転換の意図もあるが、上述したメッセージの転換点としても「間」の画面表現が使われてる。

 例えば、図1に示す物語冒頭の場面。上記分類(5)の独り身老人の描写から(1)の新しい趣味を見つける展開へと場面が転換する。本棚の前に立つ市野井のコマで「間」が作られており、場面とメッセージの転換がわかりやすいコマ割りとなっている。

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図1 本編4~7ページより引用。6ページの「間」で場面が転換される。

 また、図2の場面は二人が初めてBLの内容について語らう場面。それまでは二人それぞれのキャラクタ紹介が中心だったが(上記分類(1)(5)(6))52ページの「間」を境に、共通の趣味を持つ歳の離れた友人という描写に移行する(上記分類(3)(4))。物語が新たな段階に移行する場面で、わざとらしいくらい明確な「間」が設けられている。

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図2 本編50~53ページより引用。「趣味の共有の楽しさ」という新たなメッセージを52ページの「間」を境に展開させている。

 図3に示すページは、すっかり市野井と仲良しになりイベントに誘うか佐山が迷っている場面。ふと顔を上げると幼馴染が女友達と仲睦まじ気に歩いている様子が目に入る。110ページ 6、7コマ目の「間」で佐山の感情は一変し、(3)共通の趣味を友人と語らう楽しさから、(6)周りに馴染めていないアンニュイな気分へと転換する。柔軟に環境に適用している幼馴染を佐山は羨ましく感じており、彼女の目には彼が輝いて映っている(112ページ)のが何とも残酷だ。

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図3 本編110~112ページより引用。佐山の感情の変化が「間」を通して巧みに描写されている。

 以上のように、本作には「老人とBL」という奇抜な設定の中に複数のメッセージを整理して組み込んである。1巻時点では、主人公二人の温かい交流が先立っており読み味も柔らかいが、若干ネガティブな意味合いを含む(5)(6)のメッセージについても既にところどころ見え始めている。それぞれのメッセージにどのように向きあって折り合いをつけていくか今後の展開が楽しみだ。