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 進化し続ける阿部共実先生の新作は長編コメディ。これまでの阿部コメディを振り返りながら本作での進化について考える。

 個人HPで公開された『大好きが虫はタダシくんの』がネットで話題になったのが2011年頃、そこから『空が灰色だから』、『ちーちゃんはちょっと足りない』、『月曜日の友達』と作画や作風を変えながら常にヒット作を量産し続ける阿部共実先生。青春作品からホラーまで作風幅広いが、新作がコメディということで本記事では「コメディ作家としての阿部共実の系譜」について考える。
 これまでの「コメディ」作品経歴を振り返ると下記の通り。分類は私の独断と偏見によるものです。

<第1期>
発表作品:『ドラゴンスワロウ』、『空が灰色だから』初期


<第2期>
発表作品:『空が灰色だから』中期~後期、『ブラックギャラクシー6』


<第3期>
発表作品:『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』(以後、『死に日々』)


<第4期(現在)>
発表作品:『潮が舞い子が舞い』


 上記の各時期の特徴について簡単にまとめると下記の通り。

<第1期>
 主人公二人組のお決まりネタを中心に展開される『ブラックスワロウ』や奇抜な思考のキャラクタが登場する『空が灰色だから』コメディ回など。尖った個性を前面に押し出したキャラクタ達がぶっ飛んでいて滑稽な印象。一方で、個性が強過ぎるゆえに現実感がなく良くも悪くも漫画的、コメディを回すための「記号」のような存在であるとも言える。キャラクタ造形も等身が低く目も大きくてデフォルメ強め。

<第2期>
 『空が灰色だから』後期では最新作『潮が舞い子が舞い』でも多く見られる「哲学的な屁理屈」をテーマにした話が増えてくる。ロジカルで冗長とも言えるような独特のセリフ回しもこのあたりから顕在化している。キャラクタが固定されたコメディ長編である『ブラックギャラクシー6』では意図的に話が回しやすそうな個性をキャラクタに持たせていた印象。ただ、この個性も漫画的な「記号」であり尖り過ぎたキャラクタを持て余していたようにも見える。

<第3期>
 『空が灰色だから』と同様のジャンルごちゃまぜスタイルかつWEB連載ということで、単ページや難解ネタなんでもアリだった『死に日々』。同時期に連載していた『ちーちゃんはちょっと足りない』やその後の『月曜日の友達』ではコメディではなくストーリー作品にシフトしているため、阿部先生の作風全体がそちらに引っ張られている。
 そんな中の数少ないコメディ話の一つである『死に日々(2)』収録の『なくした僕の心はどこにあるのか』では、第2期以前より等身が高くなったキャラクタや多様な構図コマ割りを駆使した会話劇というスタイルなど、第4期の雰囲気に少しずつ寄ってきている。

<第4期(現在)>
 そして連載中(2019年9月現在)の『潮が舞い子が舞い』である。
 各キャラクタの持つ独特な持論に関する議論を中心に話が展開されていくスタイルや回りくどい程に丁寧な文章構成などは『空が灰色だから』の頃から変わらない魅力として健在である。その中で大きく変わったことして、漫画的な「記号」から人間味溢れる「人物」へキャラクタ達が変わったことをあげたい。
 基本的に単話完結の本作、どれか1話だけ読んだ場合には、登場するキャラクタ達は個性を強調された「記号」のように読めるだろう。しかしながら連作オムニバスとして本作を読み進めた場合、キャラクタ達は別の話で再登場し、彼らの多面的で人間らしい側面が見え始める。
 例えば主人公の一人である水木に注目してみよう。第1話では彼は周りからイジられ気味なツッコミ役として描かれている。第6話でも同じようなノリの会話劇が繰り広げられており、男友達の中ではこのような立ち位置なのだろう。1話に続いての2話では幼馴染の百々瀬と二人での会話シーンで登場し、主に家族について落ち着いた様子で語る様子が描かれる。第11話でも百々瀬との会話シーンで小さな兄弟を持つ兄として少し大人びた態度が描写されており、彼女の前では男友達の前とは違う顔を見せる様子が伺える。それ以外の彼の顔として、第4話では秘密を共有する大人の女性である湖港さんに緊張しながら気を遣うそぶりを見せたり、第8話では不良に絡まれてビビりながらも面倒見がよい彼の性格が描かれている。
 キャラクタの性格の土台となるパーソナリティはこれまでの阿部コメディキャラと同様に癖のあるものだが、接する相手やシチュエーションによって雰囲気の違う多面性が描かれているのがこれまでのコメディ作品と本作の違いであろう。グループや話す相手によって態度が変わったりという様子は、これまでの個性だけが強調された「記号」から人間味溢れる「人物」への変化を感じさせる。
 直近では『死に日々』2巻収録の『8304』と『7759』、『月曜日の友達』などの青春作品において若者達の繊細な心理を描いてきたこともあり、『潮が舞い子が舞い』においてもキャラクタをしっかりと「人物」として描こうとしているように思われる。
 上述した水木以外のキャラクタも、再登場する際には根っことなるパーソナリティは同じでも少しずつ違う面を見せてくれている。今後も1つのクラスを中心に繰り広げられていくであろう本作、ユニークなキャラクタ達の掘り下げが進んでいくのが楽しみである。現状ではただの変な人であるバーグマン嬢も、きっとまともな一面を見せてくれるはずだ!