ニューウェーブ漫画相談室

マニアック目な漫画紹介ブログです。 どういうジャンルを取り扱っているかは、『カテゴリー』の『年間漫画まとめ』を参照頂くとわかりやすいかと。

コミックビーム

エッセイ漫画における漫画的手法、『さよならもいわずに』(上野顕太郎)、『人間仮免中』(卯月妙子)、『さよならタマちゃん』(武田一義)

 事実は小説より奇なり、という言葉が示すように、無限大の自由度の中で創作された虚構の物語より、現実の出来事の方が面白いことが多々ある。そのため、エッセイというジャンルがある。漫画ブログなので勿論、漫画という媒体を利用したエッセイを取り上げるのだが、作品により実体験の伝え方に違いがあり興味深い。

『失踪日記』(吾妻ひでお)(残念ながら未読)の文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞あたりから、衝撃的な内容を描いたエッセイ漫画がちょこちょこ話題に上がる。その中で私が読んで面白かった三作品を例に挙げて、エッセイ漫画の表現技法について考察してみる。

 

 『人間仮免中』は三作品の中で一番わかりやすい、内容の面白さで勝負した作品だ。作品内容について詳しくは書かないが、とにかく作者の卯月妙子に起こった事件がすさまじい。とにかく自分の体験を誰かに知ってほしくて、見た事聞いた事感じた事全部描いた、そんな漫画であり、そこに読者が共感する余地はない。読者はあまりに現実離れした出来事を目にすると、感覚がフィクションを見るときのものに近くなる。しかしながら、その出来事は現実に誰かが体験したものだという事実がエッセイの醍醐味であり、読み手を興奮させる。

 

 一方、『さよならもいわずに』は読者の共感を狙った作品だ。作者自身の妻が急死した直後の様子を描いた作品であり、主人公(作者)の気持ちの揺らぎが描かれている。倒れた妻を発見した直後の行動や、葬式の様子、周囲の人間の対応などが、心理面も含めて事細かに描写されており、読み手側の共感を誘う。心理描写は画面上でも様々な漫画技法を用いて行われる(黒い汚れにより周囲が包まれていき、吹き出しさえも見えなくなる描写は秀逸)。作品全体通して、読者に主人公の思考をトレースさせることで体験を共有させてくる。

 

 『さよならタマちゃん』は前二作品の中では、『人間仮免中』に近い。共感を得るというよりは、出来事の面白さを伝えたいという作品だ。精巣がんを患った作者の闘病記であり、入院中の周りの人との掛け合いが面白い。重要となってくるのが絵柄で、人物はデフォルメされた可愛らしいものとなっている。実在の人物を描いているというよりは、キャラクター色が強い。また、前二作品と比較するとモノローグが少ないのも特徴だ。作者の主観で描かれるというよりは、第三者的視点で群像劇を見ているようだ。主観で描かれる作品より客観で描かれる作品の方が間口は広い。イブニングという掲載誌もあってか、万人受けするタイプのエッセイ漫画となっている。

 

 エッセイに限らず、どんな創作物においても実体験が下地となって妄想が広がり表現が行われる。下地の出来事をどのように料理するか、漫画表現はその料理部分を担っており、人それぞれ千差万別の料理方法があるのだろう。そういう意味ではエッセイは料理人の差が如実に出て面白い。

「子供」が「大人」になる条件、『ママゴト』(松田洋子)

 「大人」になるとはなんだろう。「子供」はどうすれば育つのだろう。おそらく、精神の成長について、学術的にきちんとした定義があるものだろう。しかし今回は、松田洋子の定義する「大人」になる、について語ることにしよう。

 

 主人公の映子は、過去の凄惨な経験から子供に対してトラウマを抱えている。その映子が、5歳の男の子タイジを預かることになるところから物語が始まる。初めは、タイジに対してどう接すればいいかわからなかった映子だが、タイジの素直さに触れるうちに過去の辛い経験を振り返りながら克服していき、「大人」になっていく。しかし、本作は映子が「大人」へと成長する物語ではあるが、映子は「子供」ではない(アラフォーである)。実は、この漫画には「子供」と「大人」の間に、もうひとつ段階が存在する。「大人になりきれていない大人」だ。

 

 5歳児であるタイジは「子供」の代表として描かれる。知識も経験もない分、何事も素直に受け止め、素直に吐き出す。ところが、「子供」の素直さは年を取る毎に失われていく。知識はあるがままに物事を受け止めることを邪魔するし、経験は衝動にまかせた行動をためらわせる。知識と経験により凝り固まってしまった状態が「大人になりきれていない大人」だ。では、どうすれば「大人」になれるのか。

 

 映子は過去の辛い経験から目をそむけ続けて生きてきた。しかし、タイジと生活をするうちに、それらの経験を思い出し、もう一度自分の中で考え直して現状と一緒に消化していく。トラウマになるような悲惨な体験でも、今後を生きる上での糧としていき、映子は「大人」へと成長する。知識や経験に縛られず素直に物事を受け止め行動できる、それが松田洋子の描く「大人」の姿となっている。童心を取り戻す、とも言えなくもない。

 

 映子がタイジと出会った時点では、二人は「大人になりきれていない大人」と「子供」の関係だ。自分の経験を消化できないままの映子にタイジを育てることはできない。『ママゴト』の状態となっている。物語の最後に、映子が「大人」になり『ママゴト』は終わる。「大人」と「子供」であれば、「子供」の進む道は、「大人」が知っている道のはずだ。「子供」はそんな「大人」に導かれて育っていくのだろう。

記事検索
follow me on feedly
follow us in feedly
オススメ新人漫画家
2017年1月

2017年2月

2017年3月

2017年4月

2017年5月

2017年6月

2017年7月

2017年8月

2017年9月

2017年10月

2017年11月

2017年12月

2018年1月

2018年2月

2018年3月

2018年4月

2018年5月

2018年6月

2018年7月

2018年8月

2018年9月

2018年10月

2018年11月



オススメ漫画
2016年1月

2016年2月

2016年3月

2016年4月

2016年5月


2016年6月

2016年7月 
 
2016年8月

2016年9月

2016年10月

2016年11月

2016年12月

2017年1月

2017年2月

2017年3月

2017年4月

2017年5月

2017年6月

2017年7月

2017年8月

2017年9月