・なにが足りないのか

 『空が灰色だから』で見事に読者を振り回してくれた阿部共実の最新作である本作。「行き場のない気持ち」をテーマにした前作で繰り広げられた、最後までどちらに転ぶかわからないストーリーと一癖も二癖もあるキャラ造形は健在。それが今回、初の長編でも如何なく発揮されている。

 最後まで読めばわかることだが、タイトルになっているちーちゃんではなく、その友人のナツが主人公になっている。物語序盤は、子供じみた行動をとるちーちゃんが「ちょっと足らない」様子を描いた漫画とミスリードを誘うが、ストーリーが進むにつれてナツの心理描写の割合が増えていき、同時に「ちょっと足りない」のは経済的な話だと感づき始める。そして経済的に足りない人物が三人登場する、ちーちゃんとナツ、そして物語中盤で登場する藤岡だ。

 

・三人の「足りない」への対応の違い

 経済的に足りないことへの三人の対応は違う。ちーちゃんは足りないことに気づき始めた段階、ナツは足りないことを認識し不満は募っているが受け入れられない段階、藤岡は足りないことを認識した上でそれを受け入れた段階になっている。段階、という表現を使ったように、貧乏への対応は、ちーちゃんからナツ、藤岡へと移行していくと思われる(少なくとも物語中では)。ナツの子供時代の描写で「この頃からウチって他のとこより貧しいんだなあって子供心に気づき始めたなあ(p134)」とあるように、小三のナツは貧乏に気づき始めた段階で、ちーちゃんは中二現在その思考状態であると思われる。現に、ガチャガチャをせがむちーちゃんは、光るおみくじをねだるナツと同じリアクションをとっている。一方、藤岡は、読んでいて明らかなことだが、自分が足りないことを受け入れた上で楽しんで生きている(p172)。藤岡にも、ちーちゃんやナツのように貧乏を受け入れられない時期があったのかもしれない(それを示す描写はないが)。三人の中で一番大人なのである。

 

・ナツは変わっていけるのか

 ちーちゃん、ナツ、藤岡は体格もそうだが、考え方においてもちーちゃんが子供、藤岡が大人となっている。大人になるにつれて、足りないという理不尽を理解した上で、受け入れられるようになっていく。

ちーちゃんの物語中での一番大きな役割はナツとの対比だ。小学生をすっとばしたように幼いちーちゃんだが、物語の中でテストの点は上がり、一人で電車に乗れるようになり、罪を認めて謝れるようになる。人と比べてゆっくりだが変わっていくちーちゃんと比較して、ナツはどうだろうか。物語中にナツは全く成長しない。足りないことへのコンプレックスは捨て去れず、足りてる人間を排除してちーちゃんと二人の世界へと逃げ込んだところで物語は終わる。阿部共実の真骨頂ともいえる、行き場のないラストだった。変わっていくちーちゃんを見て、ナツは何を考えたのだろうか。願わくは、変わっていける未来であってほしいと思う。